24:背中ごしに

ごおごおと、唸るような音が響く、
咽返るような血の匂いと、絶命の瞬間の悲鳴、
擦れた聲に、酷い怒号、
戦場だった。

無数に降る矢を三成は薙ぎ払い、
後ろを確認する。
先程見た時には、五人程残っていたが、
降る矢に最後の一人も倒れたようだった。
背後にはもう誰もいない。
「全滅か」
突如の伏兵に、否、伏兵を予想していなかった
わけでは無い、三成とて其処まで愚かでは無い、
しかし、凡その主力は削いだと思っていた
矢先のことだった。流石の三成も数では多勢に無勢、
これではどうしようも無い、急ぎ撤退の指示を出したが、
とうとう残ったのは三成だけだった。

( これでは、不味いやもしれん )
この数の強襲だ、総大将である曹丕の身も危ぶまれる。
火がかけられたのだろう、辺りの草木を燃やしつくし
大地を焦がす煙が視界を悪くする。
かろうじて、キン、と金属が重なり合う音を拾い、
三成は音を頼りに煙の中へ身を投じた。
「曹丕!」
煙を抜けた先に影を見つける。
確信は無かったが、それでも、と名を呼べば、
ひくり、と影が揺れた。
( 間に合ったか! )
どうやら目的に辿りつけたようだった。
近付けば輪郭がはっきりしてくる。
曹丕だ、風下に居る為に、煙に包まれているが
辛うじて判別できた。
「三成か」
けほ、と咽ながら、目の前の敵兵を斬り伏せた。
「お前一人か」
「そのようだ」
曹丕の周りには誰もいない、
あるのは敵味方の死体ばかりで、
ちりちりとそこかしこから、肉の焦げる匂いがした。
「奇遇だな、俺も一人だ」
そう云えば、曹丕は、ふ、と哂い、
火の勢いが増してきた辺りから風上へと奔った。
三成も後に続き、小高い丘から本陣を確認する。

「まだ無事のようだ」
「こちらの身はわからぬがな」
曹丕がそう云って振り返る。
辺りには何処に潜んでいたのか、敵兵がじりじりと詰め寄ってきていた。
曹丕が最初の一人を斬り、三成が二人目を斬った。
囲まれる形になり、曹丕と三成は互いに背中合わせになる。
「全く、厄介なことだ」
「酷い顔だ」
三成の言葉に曹丕が哂い、また一人、また一人と斬り捨てていく、
「服が台無しだな」
「お前も随分酷い身形のようだ」
曹丕の言葉に、三成が口端を歪め、
降る矢を扇で払う、瞬間大きな風が起こり、
囲んでいる最前の兵の何人かが倒れた。
「確かに酷いが、そう捨てたものでは無い」
「ほう、その心は?」
曹丕の揶揄するような言葉に三成が力のままに
数人の兵を薙ぎ倒す。
「最低の状態だからこれ以上にはならん、」
が、と音を立てて誰かの顎が砕けた。
「もしくは、元が良いから漢前には変わり無い」
三成の言葉に曹丕は聲を立てて哂い、
その通りだ、と背中ごしに答えた。
兵の数は増える、終わりなく見える。
このまま延々と曹丕と二人、敵を斬っていくのでは無いか、と思う、
無限にこの戦場の中に閉じ込められたのではないかという
錯覚すら覚える。
しかし、

( それも悪くない、 )
背中ごしに感じるのは確かに曹丕の鼓動だ、
それが、ただそれだけのことが三成を
これまで誰とも感じたことの無い高揚した気分にさせる。
二人血に塗れ、永遠に戦う運命にあるのも悪くないなんて、
三成はそれを想いうっすら笑った。
( そんな永遠ならずっと続いてもいいかも知れぬ )
どれほど不毛であろうとどれほど血を浴びようとも、
この背にこの離し難い温もりがあれば、それでいい、
三成は渾身の力を振り絞り、扇を薙いだ。
周囲を囲んでいた敵兵がその勢いに怯む、
咄嗟に振りかえり、曹丕を見た。
三成の視線を感じたのか、曹丕もほぼ同じタイミングで振りかえる。
視線を絡めて、三成は曹丕の唇に噛み付くように口付けた。
曹丕は眼を細め、それを受け止める。

( 悪くない )
気分は昂ったまま、
ふたり血に塗れ、
戦場の死体の山で、
くちづける、
この一瞬の永遠が
( 続けばいい )
そう想ったのはどちらが先か、
貪りながら、そんな愚かな甘美にふたり酔い痴れる。

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