26:たったひとつの

先に指を絡めたのは果たしてどちらからだっただろうか、
曹丕はぼんやり目の前の亜麻色を眺める。
さらさらとした髪は少し癖があるのか、方々にはねている、
にも関わらず、それがそれなりに美しい纏まり方をしていて
不思議な髪だった。
曹丕も昔は、目の色と同じく髪の色も随分薄く、
本当に父の子だろうかと疑ったこともあったが、
年を経るにつげ、徐々に濃くなっていき、漆黒とまでは
いかなくても、濃い茶に染まった。
眼の色だけはどうしようも無かったのが内心残念ではあるのだが、
以前このことを漏らせば、「こんなに美しいのに何を」と
腹心に云われたことを思い出す。

不意に名を呼びたくなって、目の前で先程の軍議の
中身を吟味する男の名を呼んだ。
「三成」
三成は竹簡から目を離し、曹丕を見る。
三成は曹丕が呼べば必ず曹丕を見た。
そういう男だった。
「何だ?」
何かあるのか、と尋ねる口がいつの間にこれほど
自身に馴染んだのか、

こんな感情を曹丕は知らなかった。
それがどういった種類の感情なのかさえ皆目見当がつかない。
だのに離し難い、この扱いのむつかしい感情に
翻弄される。曹丕は少し頭を振って、そっと
息を吐いた。
誰かを誘うのには慣れている。
曹丕にとってそれは至極当たり前のことであったし、
然して疑問に思ったことも無い、
しかし三成だけは曹丕にとって特別だった。
( 捕えておきたい )
浅ましい望みがある
( 捕えられていたい )
浅ましい欲がある
いつか離れるとわかっているものに、
これほど執着して仕舞えばあとは堕ちるとわかっているのに、
離れよ、とその一言がどうしても云えない。
黙る曹丕に三成は立ち上がり、その頬を両手で包み
自身と目を合わさせた。
曹丕は知らない、
その薄い色の瞳がどれほど三成を煽るのか
曹丕は知らなかった。
三成という存在を余すことなく知ってから、
いつも、いつも云おうと曹丕は云い澱む、
もう止めよ、終わりだ、と告げようと口を開こうとするのに、

「曹丕」
開いた瞬間言葉を封じる口付けに曹丕は流される。
噫、と諦めにも似た溜息を洩らす、
背に手を回すのをどうにか堪え、目を閉じる。
そうすれば三成は曹丕を一層抱きしめた。
まるで抱き締められないお前の為に、俺がその倍抱き締めるのだと
暗に云うように身体で示されるそれに
曹丕は酷く泣きたいような感情に駆られる。

優しく、甘く、融かすような、
時に、激しく奪い、この世の全てから曹丕を隠すように
感情を露わにする三成が曹丕は愛しい、
恐らく自分はそれの万分の一も示せない、
三成に何も返せない、この傀儡のような自分には
何一つその想いに返せるものなど無い。
それでもこの手を掴む不器用で真っ直ぐな愛しい男に
せめて死ぬ時はお前の為に、それが出来ぬならば
お前の手で終わらせて欲しいと
身勝手な想いを胸に潜ませた。

たったひとつの密やかな、願いを秘めて
曹丕は三成によってもたらされる口付けを享受した。

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