28:雲ひとつない青空

初めて遭った時に惹かれたと云えばそうだった。
今にして思うとそうに違いないと確信する。
だが、その曖昧な想いが確かな形に成ったのはその時だった。

戦場の一角で、勝利に収束した戦で、
三成はその姿を捜していた。
遠呂智の軍師を気取る妲己により、三成は
曹丕の監視にと置かれた。
妲己の目論見通り、三成と曹丕は何処か反りが合わない、
故に口論など日常茶飯事であったし、三成自身それに
苛立ちながらも、何故か不快には思わなかった。
( どちらかというと )
三成は思う、曹丕という人間に合って、早数週間という
時間が経った。曹魏の王子、後の文帝、
国の為に遠呂智に屈し、腹心と離され、王は行方不明、
一人孤立する孤高の男。
( 怒りなのやもしれぬ )
三成が曹丕に感じる苛立ちは、性格の違いや、
立場、草案の違いでは無く、生き方に対しての怒りだった。
常に自分を殺し、心など無いように振舞う人形のような男、
自虐癖の見える言動や行動に、腹が立つ。
三成の強情さは時に左近や幸村、兼続に口酸っぱく注意された
ものだが、曹丕のそれはもっと研ぎ澄まされて虚しい。
寂しい生き方だと思う。
自分を其処まで殺して尚も王子たらんとするその生き様が
策謀の中で生きてきた寂しい子供にも見える。
愛情の欠片すら知らぬと強情に突っぱねる。

「曹丕は何処だ」
曹丕の親衛隊である兵長を見つけ、問いただせば
恐ろしいものを見たというように、怖々、あちらに、と云われた。
「傷の手当を受けて下さらないのです」
擦れるような聲で絞り出すように云う兵卒から、薬の入った箱を取り上げ
三成は舌打ちをひとつしてから、示された方向へと向かった。

佇むのは曹丕だ。
強い風がその長い髪と濃紺の外套をはためかせる。
血にまみれた剣を持ったまま、
曹丕はその死体の山に佇んでいた。
普段は遠呂智の造った世界らしく、灰色の薄暗い空であるくせに、
その日に限って、何処までも青い空が曹丕の背景に広がっている。
背に聲をかけ、文句の一つも云ってやろうと近づいて
その横顔を見たところで三成は言葉を失った。
顔に散った血を拭おうともせず静謐に佇む男に
息を呑む。

「何用だ、三成」
言葉を失ったままの三成に顔だけを少し傾け
その薄い色の瞳を向ける。
これほどはっきり眼を合わせたのは初めてだった。
( あ、 )
と思う、じ、と見て初めて気が付いた。
( 薄い、色だ、 )
今にも吸い込まれそうな色の瞳だ。
( この空の青のように )
「美しい色だな」
三成は言葉を彩るということが不得手だ。
思った事を正直に云う性分だった。
思えば、今まで口を開けばこの男と何かしら口論をする
ばかりであったが、あまりのことに思わず口にした。
曹丕は少し目を、その美しい眼を見開き、
三成を見た。返事は無い、発せられる様子が無いので
三成はどうにか何か言葉が欲しくて正直に思った言葉を紡いだ。
「蒼穹のようだ」
この青空のようにお前の眼は美しい、
三成が伝えれば、今度こそ、曹丕が驚いたように身を慄わせ、
そして三成から目を逸らした。
それが勿体無いような気がして三成は死体を
踏み分け曹丕へと近付く。
男をまじまじと見れば、場違いなほどにこの場所で浮いていた。
顔や体の造作をはっきりと確認したのはその時だった。
( 成る程、 )
確かに美しい。よく通った鼻筋も、バランスの良い唇も、
長い絹のような髪も、薄い色の眼も、
散った血の赤ですらこの男を彩る。
死体の山に二人佇み、酷く場違いな、不自然な感覚に呑まれる。
傷を確認しようとその腕に触れようとすれば
曹丕の身体が身じろぎ、三成の手をはたいた。
触れるな、と低く発せられるその様子に
三成はどうしようも無い気持ちになる。

弾かれた手を再び伸ばし、
逃れようとする曹丕の腕を掴む。
きつく掴んだ為に曹丕の顔が痛みに歪んだ。
「手当てをさせろ」
一言云えば曹丕が漸く抵抗をやめた。
立ちすくむ曹丕に傅くように三成はその血を拭い、
止血をした。
「俺が居る」
ぽつりと漏らす。
白い布を少しきつめに巻けば、鮮血が滲んだ。
「何を・・・」
曹丕が眉を顰めるが三成は構わず言葉を続けた。
「腕を眼を、耳を殺がれたように思うだろうが」
遠呂智によって魏軍の殆どは離散するか掌握された。
曹丕は内側から体制を崩させようと画策しているのだと確信する。
「俺が居る」
曹丕は哂い、嘲りの笑みを浮かべ三成を見下す。
「お前が裏切らぬ保障が何処に在る」
利害の一致が無ければお前など信ずるに値しないという男が
三成は悲しい。
「俺が居る」
いつまでも、傍に居る、と云えば男は泣きそうな顔をした。
「莫迦なことを、石田三成、その嘘で塗り固められた口を塞いでやろうか」
いつまでも、などと云う曖昧は存在しない、不要だ、という曹丕に
三成はもう一度繰り返す。
「俺がお前の腕と眼と耳となる」
離せと、身じろぐ男を引き寄せ、三成はそっとその耳に囁いた。
曹丕は三成の腕の中で哂い、薄く哂い、

「出来もしないことを云う」

三成を嘲笑う。
その嘲笑を否定するように三成は激しく曹丕に口付けた。
絡んで仕舞った指に未だ滴る鮮血を感じながら、想う。
この酷い感情に、恐らく自身を食らい尽すであろう酷い執着に
それでも、三成と曹丕、遭う筈の無いふたり惹かれあうままに、

「出遭ってしまったのだ」

どさりと互いに崩れおちる、隣の物云わぬ骸に目も呉れず
相手を貪れば、曹丕は哂い、たまらないように聲を上げ
笑い、背けた顔から零れた涙一筋、それを拭うように三成は
身体を弄り口付けに没頭した。

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