01:初めてだからわからない

引き寄せた腕はあまりにも脆く
思っていたよりもずっと儚かった。

曹子桓という男の生き方を僅かながら
見詰めて思ったのは危うさだった。
他にどう見られようとも己の在るがままに
振舞う様は生まれついての君主なのやもしれぬ、
しかし、それを差し引いても余りある他への
拒絶に三成は絶望を感じた。
三成への態度は当然と云えよう
妲己から監視として遣わされた身だ。
無論三成にも思惑はある。
何のために秀吉や左近を探さずに遠呂智に組したのか
その為に妲己に近付き、曹丕という今現在魏の、
古の大国に於いて全権を委ねられた男に
近付いたのか、何の考えも無しに動いているわけでは
無い。三成にとって力ある者なら誰でも良かった。
その男を利用して、他の遠呂智に組する多くの
将がそうしたように、内側から切り崩すことを
考えているに過ぎない。
その点で三成は曹丕と同じ考えであった。
だから妲己の眼を掻い潜って曹丕が何者かと
会合するそれさえも黙認したのだ。
しかしそれはあくまで建前であったし、
その上辺だけの薄い関係に三成も曹丕も不満は
無かった筈だ。
だのに、
三成は今、唇を噛み、舌打ちをした。
曹丕の遣り方は正しい。
極論で云えば非常に正しい。
徹底的に自分を非難させ、それを悠然とかわし、
冷酷無比の王子として振舞う。
配下の将の多くは離れ、残ったのは忠誠の厚い
僅かな将で、兵の多くも遠呂智に徴収され、
兵が足りぬと云えば、回されるのは新兵ばかり、
辛うじて軍の体裁は保っているものの
酷い有様であった。
事あるごとに三成は進言したが曹丕の意思は固く
三成の意見ひとつ取り入れない。
先程出された指示もそうであった。

( これではまるで、 )
遣りきれぬと三成が曹丕を睨めば
曹丕はいっそそれこそ愉快であるかのように
その薄い色の眼を細めた。
「ひとつ間違えばお前が死ぬぞ」
漸く吐き出した言葉に
曹丕はその冷酷を貼り付けたような顔を
歪ませ、薄ら哂って魅せた。

( 死んでも構わない筈だ )
( 否、今死なれたら俺が困るからだ )
( 違う、俺はこの男の生き方に不満がある )
( いつ死んでも構わぬというような )

非常に切れる頭を持っていながら
この男は自分が死んでもおかしくないような
策を立てる。
( 死にたがりだ )
この男、自棄になっているのかと伺えばそうでもない
まるで常に生死のぎりぎりの淵を生きてきたような
そんな影ばかりが過る。
死にたければ勝手にしろ、と投げられれば
屹度よかったのかもしれない。

「別に私が生きようが死のうが貴様には然したる影響もなかろう?」
曹丕の物云いに、カッとなった。
背を向ける男の腕を思わず掴んだ。

「・・・っ」
掴んだ腕は思っていたよりもずっと細い、
肩に手を伸ばせば脆く崩れそうだった。
背を見ればいつも重ね着している所為で
気付かなかっただろう、

だってその背はずっとずっと薄い。
「・・・糞・・・っ」
そのまま押し倒したのは
ただ、その背に縋りたかったのかもしれない。
それとも縋らせたかったのか、
どちらかなどわからなかった。

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