02 初めてだから緊張する

やめろ、と叫んだ。
しかし叫びは直ぐ様男に呑まれる。
曹丕の抵抗は尽く封じられ、
目の前の色男は、想像していたよりずっと
強い力で曹丕を抑えつけた。
思えば戦場であの重い鉄扇で敵を
撲殺しているのだ。
曹丕の身ひとつ程度苦にもならないだろう。
三成の強い力に押されるままに
曹丕は組敷かれた。
何が起こるかなど生娘ではあるまいし、
流石に理解はできる。
しかし理解と嫌悪は別だ。
曹丕は冗談では無いと三成を蹴る。
しかし抵抗すればする程三成は
強く曹丕を抑えつける。
誰かが気付いてくれれば良いが、と
思うが、先ほど軍議での提案の
細かい打ち合わせとして人払いを
したのは曹丕自身であった。
三成は有能ではあるが、何かしら
曹丕の興味の引く要素は無い。
後暗い策には不向きの男だ。
実直にして嘘の吐けない真っ直ぐな男、
それを美徳と取るか、愚かと取るか、
どちらにしろ曹丕には相容れぬ型の男であった。
故に適当にあしらっておけばこの男は納得する、
そう思っていた矢先であった。

「離せ、貴様、誰に触れているか」
低い聲で威嚇する。
しかし三成は離れ無かった。
古とは云え大国の王子、曹丕は未だ知らぬが後の帝となれば
一介の武将に過ぎない三成のこの態度は不敬極まりない、
このような屈辱、曹丕には耐え難い、
敵に捕らえられたというのならまだわかる、
だが今のところ三成は曹丕の陣営に居るのだ。
「やめよ」
喉を逸らせれば、三成はその白い喉に
釘付けになったかのように
曹丕を見つめた。
「ふざけるのも大概にしろ」
首を刎ねてやろうか、と睨めば
三成は挑発されたように、曹丕を見下ろした。
「刎ねても構わん、どうせ次の策が成されればお前も
死ぬ」
「余程不服らしいな、厭なら貴様は今からでも妲己の元へ
戻ればよかろう」
死ぬと決まったわけでは無い、だが三成は死ぬという
いい加減この問答に飽いたので曹丕は三成から背を向けたのだ。
それがこの有様だ。一体何だと云うのか、
お前は私の何だというのだ、と曹丕は叫びたい、
しかしそれは赦さない、曹丕の矜持である。
今組敷かれ、この上ない屈辱の内にあるというのに、
手元に剣があれば迷い無く三成の首を刎ねただろう。
だが、剣は無い、
代わりに与えられるのは欲望の炎が灯された眼だ。
抉ってやろうかと思うがその手さえも
男に封じられたままでどうしようも無い。
曹丕は肩の力を抜き、抵抗を止めた。
抵抗しても無駄だと悟った。
だから目を閉じる、固く閉じる。

「下衆が」
閉じる直前に見た男の顔が泣きそうなのは見なかったことにした。

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