11:ゴーストの恋
しりとりお題21:海の見える丘の続き。
※パラレル近未来/是我痛のパロディ/遠呂智=ガルズオルム(敵)VS人類


その姿があまりに寂し気だったので、
どうしても目を逸らすことが出来なかった。

「此処でしたか」
ざあ、と響くのは波音だ、彼は何時も此処に留まっている。
ただぼんやりその海を眺めるのだ。
夜がこの灯りひとつ無い文明の残骸に忍び寄る深い暗闇に
沈む時刻までずっと佇むのが常だった。
「風邪を・・・否、風邪など引きませんが、あまり食事を
取っていないと聞きます、艦の中へ、魏サーバーほどでは
ありませんが、何か温かいものを用意させましょう」
佇むその背に聲を投げれば曹丕は漸く振り向いた。
「・・・食事など・・・」
「曹丕殿、中へ」
趙雲の言葉に曹丕は目を細める。
「無駄なことだ、私には、我々には必要無い、ただの量子データに
しかすぎぬのだからな、」
「しかし精神は人のままです、食事も休息も我々には必要だ」
戦況は悪い、曹丕をデータの残骸から漸く復元したものの、
残っている味方の艦は僅か四隻にしか過ぎず、
機体を操れるウィザードも、覚醒するセレブラントも稀少であった。
このまま行けば、人類は人として復活することも出来ず、
程無くして世界の全てがデフテラ領域に呑まれるだろう、
辛うじて稼働している人類最後の領域である量子サーバーも
全て消滅してしまう。
これを憂いというのか、いっそセレブラントになど覚醒せず、
人類の、この絶望的な世界になって仕舞った現実を知らずに
僅かに残るサーバーで何も知らず、自分たちの見ている、生活している
空間が現実だと信じられれば幸せなのかもしれない。

「曹丕殿・・・」
趙雲の言葉に曹丕は首を振った。
頑なに周り全ての優しさや、柵を拒絶する男は
最初の覚醒者である。四十年以上同じ時を繰り返し、
その記憶を継承し続ける最後の要であった。
「戦闘になったら向かう、それまでは此処で待機している」
問題なかろうと背を向けて仕舞った曹丕はあまりに痛々しい。
( 石田三成・・・ )
曹丕とかつて組んでいた男を思い出す。
かつて同じ艦で戦闘していたこともあった。
気難しいが、真っ直ぐな男だった。
曹丕を何より慈しんでいた男だった。
あの月面の戦いで三成が曹丕だけを逃がしたのは
他でも無く自分たちの為だ。
最後の砦として失うわけにはいかない、
曹丕を失えば、人類復活の悲願はもはや叶わぬ夢となる。
( ・・・本当は連れていきたかったのでしょうね、貴方は・・・ )
あれほど想っていたのだ、苦渋の決断であったのだろう、
まして曹丕を独り残すことなど、あの男には到底できることでは無い、
しかし現実には崩壊寸前のところで三成は一人自爆した。
曹丕を置いて、一人逝って仕舞った。
趙雲はその背を見つめ、そして頭を振って艦への扉を開いた。
「・・・それでも我々は勝たねばならない・・・」
( 貴方の犠牲は正しかった、それ以外道は無かった )
云い聞かせるように趙雲は思う。
( しかし復元できたなら、私は貴方を殺していたかもしれない )
あの美しい人を置いて逝って仕舞ったあの男を、
殺していただろう、心の全てを奪って逝ったあの男を。
「酷いひとだ、」
かつての二人を想い出す、寄り添うように歩んでいた
その幸せに微かな希望を見出していたのも確かなのに、
「死んで仕舞っては私は何も奪えはしない」
曹丕の心を永遠に奪って仕舞った男を想い趙雲は眼を閉じた。


ザアア、と波音がする。
夜の闇に深く沈むように曹丕はその闇を見つめた。
データである自分たちは現実にあるものを何一つ掴めない。
自分は立体映像にしかすぎない、どれほど焦がれても何も
掴めない。
( わたしのように・・・ )
最後に掠めるように残った音声データを再生する。
否というほど耳に馴染んだその言葉を何度も何度も反芻する。
曹丕の名を最後に呟いた男の聲がただ懐かしい。
( 何処へ逝ったのだろうな、お前は )
データの消失は果たして死なのか、否、人類は肉体を捨て
サーバーにあがった段階で死んでいるのではないか、
此処にいるのは人類の記憶で、我々は亡霊にしか過ぎない、
では亡霊が滅んだら何処へ逝くというのだろうか、
( 教えてくれ、お前が何処へ逝ったのか )
取り戻せるのなら何を失っても構わないと、
どれほど願っても時は戻らない。

いつか赦して欲しいという男の言葉は
ただ闇に静かに響いて波に呑まれた。

http://zain.moo.jp/3h/