23:花魁の恋
※07:やもめの恋続き

三成が曹丕の処へ通うのは相変わらずだった。
屋敷の家財を少しづつ売って曹丕の元へ向かう。
どれほど周りに莫迦だと罵られようと構わなかった。
元より曹丕を身請けできるだけの金などあろう筈も無い。
長らく居た友は離れ、屋敷の者も少しづつ減っていく。
それに平行するように曹丕の処へ通う時間が増える。
毎回来る度に曹丕はやるせないような顔を三成に見せた。

「いい加減やめよ」
「何を?」
間を置かず問う三成に曹丕は眉を顰めた。
「でなければお前の出入りを禁ずる」
カッとなって曹丕を床に組敷いた。
長い髪が床に広がる。
怒りに身を震わす様さえ美しい。
「何故だ?」
曹丕はわざと鼻で哂うように三成を見つめ
氷の美貌を崩さずに云い放った。
「近くお前は破滅する、今ならまだやり直しも効こう」
半分以上の財産を失ってもまだ持ち直せるかもしれない。
少なくとも三成が目を覚まし、嫁でも取って家を
盛り立てればまだ間に合う。
「私などに出遭って仕舞ったのが貴様の不運だった、
もう止せ三成、お前は死ぬつもりか」
その根底にある曹丕の気持ちを知っているからこそ
三成はどうしてもその言葉には従えない。
「お前の為に死ぬのならそれも俺の宿命だろう」
「莫迦な」
遊女に狂って死んだ男など山のように居る。
それを莫迦だと曹丕はせせら哂って来た。
また一人の男の為に足抜けをした女も多く居る。
辿り着く先は皆、死だ。
莫迦莫迦しい、愚かなことだ、
その愚かさを知っているからこそ
曹丕は溺れ無かった。誰にも、何者にも曹丕を
溺れさすことなど出来はしなかった。

( お前に遭うまで )
三成のような男がそもそも遊郭を出入りすることが
おかしいのだ。真面目で、一途な男。
それを莫迦だと思いこそ、不快だとは思わなかった。
真摯に曹丕の元へ通い、ただ素直に思いをぶつけ、
同じ言葉でも三成に云われれば違った言葉に聴こえた。
世界が色をつけるように、鮮やかで美しい。
しかしそれもこれまでだ。
三成のことを想えばこそ、曹丕は三成を切らねばならない。
もう二度とお前のような男は此処に来てはいけないのだと、
そう云わねばならない。
男女のそれならまだいい。自分はただの男娼に過ぎない。
男が男と交ぐ合う、そんな狂った嗜好の為の商品に過ぎない。
曹丕はそれを承知でこの世界に身を置いていたし、
それで良いのだと思っていた。
( その手を取りたいなどと )
思ってはいけない人間なのだ。
自分には三成の手を取る資格すら無いのだ。
「もう来るな、三成よ」
真っ直ぐに三成を見つめ曹丕は身を切る想いで
断罪の言葉を呟いた。
「お前はもう私には必要無い、私は大名への身請けが決まった」
もう時間など無い。
拒んでいたが、結局その話を受けた。
三成を想えばこその結果でもあった。
奥方と一子を漸くもうけた異常趣味の男であったが、
落し所としては悪く無い。
向こうも相手が男の曹丕なだけに、悪いことでも無いのだろう。
「だからもうお前は要らぬ」
その言葉を最後に曹丕は部屋を出た。

それから一週間後のことだった。
三成の通いが無くなり、身請けもあと三日後に控えた夜だった。
三成が来た。
少し考えてから、曹丕は絞り出すような聲で「通せ」と呟いた。
「曹丕」
「何用だ」
もう他人への身請けが決まっている。
逢う時間は僅かに限られている。
それでも馴染みということで曹丕への目通りは叶った。
三成は黙って曹丕の前に包みを差し出した。
「何だ、これは?」
包みの中からは金の束がいくつも見える。
「俺の有り金の全てだ」
その言葉に三成が家財も屋敷も何もかも全て手放したのだと知る。
「何を、莫迦な・・・」
「お前を身請けできるほどの金にはならなかった」
当たり前だ、大名が払う金額など三成に出せる筈も無い。
それでも三成は曹丕の為に文字通り全てを捨てたのだ。
「なんと莫迦なことを・・・」
三成はじ、と曹丕を見据えた。
その眼差しは真っ直ぐで、出逢った時と何一つ変わらない。
あの頃から三成は何一つ変わらない。
( その眼を見ていなかったのは・・・ )
真っ直ぐで優しいその眼差しを一度としてちゃんと向き合わなかったのは
( 私の方か・・・ )
向き合うのが怖かった。
どうにもならぬことに足掻くのが恐ろしかった。
その想いの真実に辿り着くのがこわかった。
三成はそっと曹丕を抱き締める。
静かに決意した聲で曹丕に囁いた。

「明日此処に火をつける、死ぬかもしれないし、逃れられるのかもしれない、
生き残れたら、ただ宛て処無く何処かを彷徨うのもいいのかもしれない」
そんな言葉をかける三成が愛しくてたまらない。
溢れだしそうになる涙を堪えながら
曹丕はそっと傍らの男の指を掴んだ。
真実を掴んだ指は細い。
けれど離すまいとしっかりとその指を絡ませた。

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