08×さて、私は誰でしょう

翌日三成は真っ先に学校へ向かった。
しかし向かった先に教師はいない、
昨日の件を矢張り確認しておこうと、
違っていても構わない、とにかく真偽を確かめたかった。
違っていて欲しい、しかしそうであってほしい、という
二重の相反する葛藤が夜通し三成を苛んだが、
証拠など何処にも無い、
夜に教師に確認することなど出来る筈も無く、
しかも今は捜査から外されている身の上で
できることなど、部屋で悶々と考えるだけで
これでは三成の性に合わぬと朝一番に
学校に向かったが、授業が始まる近くの時間になっても
一向に教師が現れる様子が無いので手近な教師を捕まえて問うてみた。

「ああ、曹先生ね、彼は昨日付けで辞められたんだよ」
聴いてなかったですか?と云われ、勿論そんな話題今初めて
三成は聞いた。
「なんでも家の事情らしくて、優秀な先生だったので非常に残念でありますが」
代わりの先生が来週赴任されてきますよ、という
言葉の最後まで聴かず三成は学校を飛び出した。
資料で一度目を通したことのある教師の住所へと走り出す。
まさか、まさかまさか、と頭の中で巡る考えを振り切るように
三成は記憶を頼りに教師の家だという場所へ向かった。
はあ、と汗が滴る、
見上げれば、其処は見事な屋敷だった。
噂は本当であったわけだ。教師の実家は資産家であるらしい、
一目見てそれが知れるほどの門構えであった。
しかし人が居る様子は無い、
失礼を承知で中へ入るが、玄関はおろか、
家財道具も無いようだった。
つい先ほど引っ越したかのように、残っているのは抜けがらとなった屋敷だけ、
「・・・遅かったか・・・!」
真偽はわからない、しかし、三成の疑問に答えてくれる教師は
雲隠れして仕舞った。

意気消沈した様子で三成は他人の家(もう人はいない様子だが)
の庭へと足を踏み入れた。
怪盗皇子にまつわる何か証拠のひとつでもという期待もあった、
( 鳩・・・? )
白い大量の鳩が庭先に飛んできている。
慣らしていたのか、
人に驚く様子も無く、庭の噴水の傍にそれらは降りたっていた。
ばさばさと白い羽が辺りを埋め尽くす、
近くに居た一羽の羽ばたきに気を取られ、仰け反った時に
柱の方へ視線が逸れた。
「・・・!」
そして気付く、
ひとが居た、
鳥がその手に、肩に乗り戯れる様は
幻想的と云ってもいい。

「 曹・・・丕・・・ 」
鳥たちの中心に居る男、
造形美の中心に居る男、
思わず三成は息を呑んだ。
( まさか、この男が、 )
あの教師なのか?
しかし長い髪、背丈にしても、あの教師以外考えられない、
あまりにも印象が違うので三成は言葉を失っていた。
分厚い眼鏡の奥底に秘められた視線、
少し薄い色の不思議な瞳、
長い絹のような髪、鳥をあやす美しい所作、
何よりもその整った顔、
三成は確信した。
この男こそが、そうなのだと、
この男こそが・・・
「怪盗皇子・・・!」

男は薄ら哂い、
三成に向きなおった。
「石田三成、」
その口調は普段の様子からは想像もつかぬほど
完成されている、あの眼鏡の下に、
あの怪盗の下に、秘められた真実の姿が
この男なのだと、三成は確信した。

「貴方が、そうであったなんて、先生・・・」
まさか、信じられないと口を動かせば、曹丕は
愉快そうに眼を細めた。
「何の話だ?」
現実離れした光景に呑まれて、三成は、はっと
我に返り、曹丕に近づいた。
曹丕の右手を掴み、その手にまかれた包帯を見る。
「これが何よりの証拠だ・・・!」
あの夜、三成を助けたために傷ついた手首、
長い髪、優雅な所作、
一度この男の眼を見てしまえば、この男以外
有り得ないのだと三成は悟る。
「お前が、お前こそが、俺が探し求めていた・・・」
三成の様子を鼻で哂うように曹丕は冷笑を浮かべる。
「これは一昨日、書庫の整理をしていて、上から落ちた本を
取り損ねたのだ、その時のものだが」
「あくまで白を切るというのか!」
何、確認すればいい、一緒に手伝っていた教師が居る、と
曹丕は哂う。
三成は、ぐ、と言葉に詰まった。
全ては三成だけが知ることで、証拠など何処にも無い、
この男のことだ、盗品などとっくに余所へ隠しているだろう、
三成には警察の権限さえ今は無い、
打つ手なしだった。
三成は、呻く、
今逃がしては全て終わりだ、
しかし、引き留める手立てさえ無い。
自分にはこの男を引きとめる手立てが何処にも無い。

目の前の男を、逃がしてはならない、
逃がしてなど、
三成にとって、捕まえられなかった初めての存在、
至高の怪盗、揺らぐことの無い、冷たい双眸の
美しい怪盗、惹かれてやまぬ、その男を
「逃がすなどと、、、!」
捕まえたい、三成はどうしてもこの男を捕まえたい、
しかし打つ手は全て封じられている、
故にこの男は今悠然と三成の前に微笑すら浮かべて立っている。
「お前を捕えてやりたい」
「ほう」
「お前を捕えて、縛りつけて、何処へも逃げれぬようにしてやりたい」
それは身体なのか、それとも
( 心なのか )
目の前の蠱惑に惹かれるように三成は曹丕へと顔を近付けた。
打つ手は無い、
どうしたって今は捕えられない、
( 今は、の話だ )
その顎を捕え、三成は口付けた、
曹丕は抵抗するそぶりすら見せず、
三成を受け入れる。
舌を存分に絡めて堪能してから、名残惜しそうに
三成は唇を離した。

「あの夜云ったように必ずお前を捕まえてみせる!その身もその心も!」
三成の宣言に、曹丕は哂い、
そして祈るように目を伏せた。

「待っている」

次の瞬間白い鳩達が飛びたち、
辺りが白い羽に覆われた、思わず身を引き、その眩しさに目を背けた。
そして次に目を開けた時には、

怪盗の姿は無かった。
三成は残された白い羽を拾い呟く、
「待っていろ、必ず、必ず捕まえてやる」
その言葉は甘さを含み、三成は最後の一羽が飛び立っていく空をただ見詰めた。
怪盗皇子はその後、姿を眩まし、また教師の行方も知れない、
三成は消えた男の行方を追って走り出す、
待っている、と呟いた男の言葉のまま、酷く甘い憂いを秘めて、

「お前は俺のものなのだからな・・・!」

怪盗と三成の追いかけっこは始まったばかり。

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