その日の内に本国へ戻り、
案の定曹丕はこってりと父と叔父、そして
兄弟達、曹一門全員に絞られた。
何せこういった家出は初めてであったし、
曹操にしてみれば、その心意気やよし!と、曹丕がいない間
あれほど、何処を攻めてやろうかと荒れていた様子も
すっかり忘れ去ったようで、結局上機嫌になり、
同じく、そのお蔭で、曹丕の地盤を揺らしていた曹植派の
取りまき達も大いに打撃を食らったようで、何より弟の曹植は
兄を酷く心配して、父と同じく暴走する始末であったようで、
結局、この家出は曹家にとっての跡目問題を上手く片付けた形になった。
その上で、もう二度とこんなことはするな、と司馬懿と共に
駆け摺り回っていた夏侯惇が改めて曹丕を叱った。
曹丕の無事を知った孫呉の放蕩跡取り息子からは、
生きててよかったなぁまた酒を。などと、全く呑気なメールが
届いたうえ(曹丕はこの何を云っても全く厭味が通じない
孫策がどうも苦手であった)蜀の諸葛亮と劉備から連名で
祝いの品が届いたというのも全くもって微妙な話であった。


「何だったんだろうな・・・」
ぼお、とこの処気の抜けた様子の主君が漏らす。
その様子に苦笑しながら左近がお茶を注いだ。
「もう二ヶ月になりますねぇ」
煙草に火を点けゆっくり燻らす様が全く似合う男である。
三成はそんな左近に気の抜けきった返事をし、空を眺める。
「まさかの展開でしたからね、うちの護衛も見事にノされちゃってまあ」
死ななかっただけマシだが、中には骨を折った者など
不運な目にあったものも多かった。
「まあ、やっこさんも必死だったんでしょう、相手があの、そう・・・
『皇子様』でしたから、信長の手に落ちたら一番厄介だったんでしょうね」
そうだ、信長はそれこそ曹丕の身柄を手土産に曹操と取引をしようとしていた。
それがどういった内容かはわからないが、そうなればもっとややこしい話に
なっていた上に本当に首が飛んでいただろう。
そういった意味ではあのタイミングで曹家に見つかったのは幸運だったのかもしれない。

「殿は随分入れ込んでいましたからね、」
まあ、あんな美人二度とお目にかかれないでしょうけど、
という左近の言葉に三成は胡乱げに視線を投げた。
その通りだ。
曹丕がいなくなってから何処か魂が抜けたようにやる気が無い。
三成にとっていつの間にか曹丕はかけがえのない友であり、
またパートナーであり、そして本気になった相手でもあった。
しかしそれが曹魏の跡取りとあっては雲の上の存在である。
犬に噛まれたと思って、命があっただけマシと思って
忘れるしかないのだ。
おねね様にも、あんたもやるもんだねぇ、と云われたものだが、
何がやるものか、と思う。
だって曹丕は此処にはいないのだ。
何処にもいないのだ。
あの静かな物腰も、穏やかな聲も、
困ったような顔も、涼しげな眼も、
美しい髪も、目の前に無い。
「会いたいですか?」
そう問われて、三成はぼんやり、「まあな」
と答えた。

「それは良かった」
曹丕の聲がする、ついに幻聴まで聴こえたかと思ったが、
三成は、ば、と振り返った。
「し、し、、、!」
「暫くぶりだな、三成よ」
「子桓!!」
何故、と口を開く前に、曹丕がにやりと笑った。
「何、今度はちゃんと父に許可を取って来た、暫く日本に留学という形で滞在する予定だ」
世話になるぞ、と靴を脱いで上がってくる曹丕を三成は茫然と見つめる。
「迷惑か?」
と眉を寄せる曹丕に、三成はとんでもない、と抱きしめる。
もう一度この手にこの存在があるのならば、
何も望むことなど無い。
「それは良かった」
曹丕はそんな三成の背をぽんぽん、と撫ぜ、
そして振り返った。
「いいそうだ、仲達」

「・・・」
司馬懿が三成の部屋にどんどん荷物を運んでくる。
これは何だ、何の引っ越しだ・・・
「私が行くと云ったら付いてくるときかぬのでな、」
大量に運ばれる荷物はどうみても一人の量じゃない。
「その上、日本での足懸かりをつくるとついでに叔父や、兄弟までついて来た」
「ほお、此処が石田組総領の家か」
「何とも日本の住宅は狭いですね」
「下の階の買収済むまで我慢しろ」
「全く子桓様をこんな狭い部屋に住まわせるなど!家を建てろ!」
「近くに土地があったな、あれを買うか」

絶句する三成と左近を他所に
司馬懿が共の者に家具の配置の指図をしていく、
「夜には父も一度様子を見に来るようだから、それまでは寛げるな」
出て行けという三成の絶叫が響いたのは、


08:5秒後の話。


「まあ、子桓が居るのなら、構わぬが」
「無論だ」
結局ほだされて仕舞うのは惚れた弱みというやつで、
こればかりはもう古今東西お医者様でも草津の湯でも
「仕方あるまい」

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