「で、どういうことなのか説明をしてもらおうか」
向かい合った子桓、否、曹丕と訂正させてもらおう、
曹丕は悠然と長い脚を組んで微笑を浮かべている。
成る程、改めてその人を見れば、納得できる。
中国という巨大なマーケットを牛耳る曹魏の御曹司、
冷酷で、氷の彫像のようだと噂を耳にしたことがあるが、
外見だけで云うならその通りである(中身はまるで違うと思うが)
奇妙に裏社会に馴染んだ様子や、尽くされることに慣れている所作、
その全てが曹丕という人間を明確に形どっている。
「信じて欲しいが、本当にお前たちに迷惑をかけるつもりも
邪推な思惑もなかった」
曹丕は言葉を区切るように云う。
「子桓と名乗れば、見つかるかと思ったが、お前たちの口は
堅かったし、ああ、子桓というのは字でな、親しい者同士では
こう呼ばれる」
手を組み、記憶を追うように曹丕が静かに話した。
その様さえ美しいのだからもう手に負えない気もする。
「父達にも一言行って出ればよかったのだが、
着のみ着のまま出たようなものだったし」
「お家騒動か?」
三成が口を挿めば曹丕は、ややかぶりを振って応えた。
「否、ああ、いや、そういう部分もある、後継問題が恥ずかしい話少々ややこしくて、
今は私が一応跡目だが、色々薄暗い部分もあって命の危険も多かった」
成る程、それに嫌気がさしたのか、襲われるかして家出でもしたのか、
誘拐の途中で逃げ出したのかと三成と左近は考えた。
しかし曹丕は言葉を続ける。
「だから私にはあまり自由になる時が赦されなかったのでな、つい」
「つい?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
「あの日はたまたま朝から寝醒めが良くて、おまけに快晴で、
その上、朝から朱鷺は鳴くわ茶柱は立つわ何やら吉兆でな、」
「はあ」
「たまたま付いていたテレビのCMで日本の観光案内があって」
「ほう」
「そのうえ、上手く仲達や護衛も捲けたし、ああ、仲達というのは私の
補佐兼世話係りの男でな、口煩いが使える男だ」
「へえ」
「生まれて初めてタクシーを止めたら、乗れて仕舞った上に
順調に空港へ着いて仕舞い」
「なんか段々腹が立ってきたぞ・・・」
落ち着いて、殿!と左近に抑えられる三成を見つめながら曹丕は言葉を続ける。
「手持ちの現金を使って、チケットを購入し、日本に着いて仕舞ってな
こうも上手く行くと最早奇跡だな」
いやはや、途中で現金が尽きた時は焦った、と曹丕は回想に浸る。
「カードを使うと仲達や叔父に直ぐみつかるので控えたかった。
で、幸運にもお前に拾われて、現在此処に居るというわけだ」


「左様で御座いますか、 子 桓 様 !!」
ば、と三成と左近が振り返り、銃を取り出したが、相手の方が速い。
そのまま容赦無く、足を遣い野蛮なものを払い落し、三成を庇うように
前へと出た左近の額に銃を突きつけた。
「久しぶりだな、仲達、元気そうで何よりだ」
「ええ、本当に!お探ししましたよ、子桓様!」
ぴくぴくと顔を引き攣らせた男は三成や左近を威嚇したまま
曹丕へと引き攣った笑みを見せた。
「本当に!世界中飛び回って貴方様をお探ししました!」
「それは結構では無いか、さぞ良い旅になったことだろう」
「抜け抜けと!どうあってもお帰り頂きます!」
「貴方様の死亡説まで飛び交う始末!殿以下一同、この三ヶ月生きた心地が
しない程お探ししておりましたとも!」
それとも、と司馬懿が、すい、と目を細めた。
「犠牲が無いとお帰りにはなれませんか?」
三成は思わず「左近!」と叫んだ。
司馬懿が躊躇なく引き金を引く前に「やめよ」と冷たい聲がかかる。
司馬懿は怒りが収まらないのか、暫し、葛藤を見せた後、
結局銃を降ろし、その様子に続くように他の(恐らく曹丕の護衛だろう)男達も
三成と左近に向けていた銃を仕舞った。

「失礼、少々気が立っておりました。私は司馬仲達と申します。
ああ、名乗って頂かずとも結構です、貴方がたが、私共のそれはそれは大切な
子桓様に、代打などという下賤な仕事をさせていたことも存じ上げておりますから」
わざと勘に触るような言い方をする男に三成もかちん、と来る。
これでも一応石田組の総領であり、それなりに修羅場もくぐってきたつもりだ。
あきらかに見下した態度に腹が立つ。
「正直、お前たちのような下賤の者が、子桓様をかどわかし、三ヶ月も
このような場所に閉じ込めたなど、殺しても殺したりぬほど」
「貴様のしたり顔をみていると吐き気がするな」
三成の言葉に再びこの場に緊張が奔る。
が、今度こそ、それは曹丕が止めた。
「やめよ、と私は云っている。三成には世話になった、恩あれど恨みはなかろう」
そう云えば、司馬懿は恭しく頭を下げ、では、と鞄を差し出した。
「其処に一応今回の礼金がある、子桓様をお守りしたことだけは褒めてやる」
受け取るがいい、と無造作に床に投げられた。
恐らく相当な額が収められているのだろうが、三成は動かない。
司馬懿を睨みつけたままだった。
曹丕は名残り惜しそうに三成に振りかえり、
その頬を撫ぜる。

「短い間だったが、世話になった」
愛おしそうに頬を撫ぜ、そして口付けた。
「私はこの生活が気に入っていた、できるものならお前とずっと居れれば良いが・・・」
子桓様!と司馬懿の悲鳴があがる。
曹丕は後を引くようにその薄い瞳を揺らし、
そして三成の身体から離れた。
「またな」

そして、三成と曹丕の短い共同生活は終わったのだ。


07:世界の終わり

中国的吉兆がよくわからないのでそのあたりは読み流して頂ければ・・・
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