04:初めてだから慎重に

その後直ぐに失神した曹丕を寝間に運び
身体を清め部屋の脇の椅子に座る。
ただ何もせずその青白い顔を眺めた。
目覚めた瞬間、どうされるのか、
殺されるのも仕方の無いこと、
このような終わりに何があろうか、
常の自分なら決してそのような愚かなことは
済まい、しかし、曹丕に己を刻めれば
あとはもうどうでも良いという考えも三成の内に在った。

空も白み始めた頃合いになって曹丕が眼を覚ました。
丁度灯りを取り換えようと寝台に近付いた矢先のことだ。
曹丕はゆっくり起き上がり三成を確認するとその頬を殴った。

「申し開きは?」
「無い」
床に投げ飛ばされた三成は口から血を流している。
有りっ丈の力で殴られたのか頬はみるみる腫れていった。
血を拭い三成は立ち上がる。
「首を刎ねるなら刎ねろ」
それでいい、と云う男に
曹丕は苛立ちを覚える。
あのような事をされて殺してやりたいに違い無い、
常ならば誰であろうと殺す筈だ。
よろめきながらも立ち上がり三成の前に立つ。
もう一度頬を殴ってから曹丕は三成に背を向けた。

「去れ」
顔など見たくも無い、と云えば三成は黙った。
少ししてから「厭だ」と聴こえる。
「貴様、、、!」
まだ殴り足りぬようだ、と振り返れば
三成が曹丕の前に立っていた。
真っ直ぐな眼差しで見つめられる。
「お前が俺を殺すならそれでいい、
殺さぬのなら俺はお前の傍に在り続ける」
「何を戯けた言を、」
「俺はお前を離しはしない」
「ふざけるな」
気付けば驚くほど近い距離で三成が云う。
その眼だ、
曹丕はその眼が厭なのだと悟った。
( 真っ直ぐで迷いなど無いような眼 )
( 何処までも己は清く正しいのだという、 )

その眼が、曹丕には眩しい。
あれほどのことを自分にしておきながら
それでも清廉であり続ける三成という男が
腹立たしい。

「お前が死ねというなら俺は死のう、
だがそれがお前の為に成らぬのなら御免だ」
「・・・」
はっきりと云い放つ男に流石の曹丕も
言葉を失った。
何だと云うのだ、
自分は目の前の無礼な男に力づくで犯され
蹂躙されたというのに、目の前の男は
曹丕の前に真っ直ぐに立つ。
本当に首を刎ねてやろうかと思うが、
後始末を思うとそれも莫迦らしくなった。

「貴様の首ごときで俺の怒りが収まるものか」
どうせ、妲己からは激戦地の指揮を執らされるのだ。
ならば僅かでも使い道のある方で死んで貰った方が
いいというものだ。
合理的な答えを自分に云い聞かせて
曹丕は三成を見遣った。

「死ぬならばもっと役に立ってから勝手に死ね」
それよりも身体だ、
身体中痛い上に、熱っぽい、正直立っているのすら辛い、
今日はもう何もしたくない。
「寝る」
そう云い放ち曹丕は三成に背を向けて
眠ることにした。
微かに背後から聴こえた「是」という回答は
聴こえなかったことにした。

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