05:初めてだからゆっくりと

ばたばたと騒がしい、
廊下を行き来する人の気配に
何事か、と眉を顰めたが、間者や敵襲であれば
曹丕の元へ真っ先に護衛の者が飛びこんで来るであろう、
ならば何事かと、曹丕は未だ怠い身体を起こし
廊下へと出た。

「何事か」
騒々しい、と告げれば、
武官は申し訳御座いませんと頭を下げる。
「それで一体何なのだ」
問答は簡潔が良い。
曹丕のしびれを切らした様子に
武官は恐れおののき、平伏する勢いで
もごもごと口を動かした後、
漸く聴き取れた言葉は「石田三成殿が・・・」
という言葉だった。
その言葉に直ぐ様、衣服を整え
曹丕は三成が居るらしい軍議用に使用している
部屋へ足を運ぶ。
「何をしている」
ばたん、と珍しく音を立てて扉を開ける
乱暴な様子に配下の兵に指示を出していた
三成が顔を上げた。
「早いな、もう平気なのか」
どの面下げてそんな言葉が吐けるのか、
忌々しげに曹丕が拳を握ったところで
三成の顔を見れば未だ頬は腫れているのか
色男が台無しの面構えで、其処に申し訳程度に
薬を塗っているらしい様に、とりあえず
もう一度殴っておこうという考えは踏みとどまった。
「して、何をしているか」
私は指示した覚えはないぞ、と云えば
三成は開き直ったのか、しれっと口を開く。
「俺の独断だ」
思わず三成の襟元を掴むが
三成は怖じた様子も見せずに真っ直ぐに曹丕を見た。

( 苛々する、 )

その眼が、真っ直ぐに曹丕を射抜く度に
曹丕は打ちのめされそうになる。
何にとは云わない。云えない、屹度己にはわからない。
けれどもそれを曹丕は相容れぬものと認識していたし、
嫌悪してもいた。同時に眩しいものに触れているような
気さえする。
「お前の策では矢張り納得がいかぬ、再考の余地ありとして
策を立て直させて貰った」
「何を勝手な・・・」
通る筈が無い。
しかし三成は真っ直ぐに曹丕を見据え、
手にした書状を曹丕に見せた。
「以下連名で、策の再考を検討して貰った」
見れば張遼や徐晃の名まである。他、父の代からの
配下の将の名がいくつも見られた。
「お前の策が駄目だとは云っていない、
逆説的に云えば、間違いなく勝てるし損害も少ない」
三成は襟元を整えながら曹丕を見る。
「しかし大将であるお前の死亡率が一番高いなど、
誰も納得はせぬな」
今ここに名を連ねるもの達は曹操死亡説に惑わされる今、
次代の曹丕に着いて来たものだ。
兵は新兵でも将は古くからの歴戦の将が多い。
曹丕とて無碍にはできない。

「死がお前を逃がすわけではなかろう」

その言葉に曹丕は腰に下げた剣を抜きそうになった。
「貴様如きが知った風な口をきく」
「知らぬよ、俺が知っているのはお前が酷く有能で
頭が切れる癖に父親の影が無いことひとつで
死にたがるどうしようも無い男だということだけだ」
「私が死んでも代わりは幾らでも居る」
「俺にとってお前はただ一人だ」
カッとなった。頭に血が昇る。
今度こそ曹丕は剣を抜いて目の前の無礼極まりない男に
切りかかろうとした処で手首を三成に掴まれた。
容易く止められた剣は手首を強く掴まれたことで呆気なく
床へ落ちていく。
「俺はお前の為に成すと決めた」
その言葉に遣り切れ無くなる。
いっそこんなことならさっさと仲達を戻しておけば
良かったと後悔する。
この男を遠ざけられるのなら妲己の要求を呑んだとて
構わない。
そう思うほどに三成の真っ直ぐな眼は確実に
曹丕の胸の内を暴いていく。
あのような無礼を自分にしておいて、
これほどまでに私の内を暴いておいて、
なんと云う羞恥、なんという屈辱か、

( 今すぐ首を刎ねればいい )
( 私で無くとも廊下に控える兵に刎ねよと命じれば終わる )
( それでも )

どうしても刎ねよとは云えないのは何故なのか、
曹丕は三成の腕を荒々しく払い
床に落ちた剣を拾い鞘に収める。
そしてさながら王のように優雅に踵を返し扉を出た。
「好きにするがいい」
言葉をひとつ残して曹丕は部屋を出た。

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