08:初めてだから優しくしてね

焦燥が身体を奔る。
喉が乾き切っていたがそれに
構う余裕など何処にも無かった。

開始の合図は高らかに響き、
三成は兵を指揮しながら前進した。
三成が新たに立てた策は改変は在るものの
あくまで曹丕の策をベースにしたものだ。
こればかりは曹丕が譲らなかった。
結局一番危険な場所に三成が立つということで
曹丕を諌めたが、危険なことに変わりは無い。
どのみちこの軍勢で遣れと云うほうが無理なのだ。
遠呂智は人を試すように残酷だ。
敵味方入り乱れての死闘がお望みらしかった。
実に遠呂智好みの戦いはこうして
血で血を洗うような激戦で会戦された。
激戦は酷く、多くの兵を犠牲にし、
また多くの首が上げられる。
積み上げられるのは死と腐臭ばかりで
酷いもので、時々に来る伝令が、互いの進行の確認をして
会戦から十日、三成は曹丕と合流しつつあった。

「なん・・・だと・・・」
はっ、と報告する兵に問いただす。
「一刻ほど前、敵の動向を察知された殿下が
部隊を率いて先行されました」
その言葉に一瞬茫然とする。
「何を勝手な・・・」
それは三成の役目の筈だ、
「早すぎる・・・!」
第一早すぎる、今の時点で向かっては
全てが藻屑にも成りうるというのに、
三成は弾かれたように馬に飛び乗り
曹丕を追った。
後に続くのは駿馬に乗った手練れのものばかりだ
振りきるくらいの勢いでも追いつける筈だ。
土煙りの舞う戦場を駆ける。
全身をぴりぴりを駆け巡る緊張が厭な想像を
掻き立てた。
「何故、待てなかった・・・!」
何故今なのか、あと少し待てば三成が
出た筈だ。
それを見越してのことなのか、
今は曹丕の安全ばかりが気掛かりだった。
「曹丕!!」
そびえ立つ岩陰の間から
遠目に曹丕の姿を見つけ、周りを見る。
既に斥候に察知されていたのか、敵に
この策を読まれていたのか、用心深かったのか、
想像していたより多くの敵兵がいる。
三成は傾れ込むように兵をなぎ倒し
馬を奔らせる。
剣を奮う曹丕に矢がかかった、
スローモーションのように曹丕が馬から
落ちて行く姿が三成の視界に映る。
無我夢中で手を伸ばす、敵兵を薙ぎ倒し
必死に手を伸ばす。
( 間に合え! )
落馬の瞬間、攫うように三成の手が曹丕の身体を
捕えた。抱き込むようにしっかり支えると
そのまま馬を反転させ、素早く兵に指示を出して
敵将へと馬を走らせる。
風のように通り過ぎたと思ったときには
相手の首が飛んでいた。
「退け、此処は撤収だ、あとは張遼殿が本陣を落とす!」
数刻もしないうちに勝鬨はあがった。

「どうだ?」
天幕を潜り曹丕の様子を伺えば
医師が立ち上がり礼をした。
「矢傷が思ったより深いご様子、遅れていれば命も
危うかったでしょう」
曹丕の腕から胸にかかって深く刺さった矢は
ちょうど鎧の隙間を潜るように刺さっていた。
落馬したときには既に曹丕の意識は無い。
その矢を抜く様を見た時には肝を冷やしたものだ。
溢れる赤い血は明らかに量が多かった上に、
意識も戻らない。
あれで落馬していたら確実に命を落としていただろう。
「早まった真似を・・・」
何故自分が来るまで待てなかったのか、と
唇を噛む。
それほどまでに三成を拒絶したのかと思うと
目の前が暗くなる。
いっそ望むままに本人を死なせてやった方が曹丕にとっては
幸せだったのかとさえ思う。
しかし返された言葉は意外なものだった。
控えていた護衛武将が、恐れながら、と静かに口を開いた。
「石田殿が参る直前に斥候隊に察知されました。
策が洩れるより今仕掛けるべきだと、殿下が先行されたのです」
眼を、見開く、
( では、 )
「このままでは戦況が悪化しましょう、ですから御自ら
敵陣へ斬り込まれたのです」
( 俺の策を成す為に・・・ )
茫然とする、次の言葉を三成が上げる前に遮られた。
「下らぬことをべらべらと申すな」
「曹丕・・・」
曹丕の薄い色の瞳が開かれる。
傷を負ったものの、意識ははっきりしているようだった。
「真逆、追ってこようとはな」
もの好きも居たものだと、
皮肉さえ云ってのける曹丕に三成は息を吐き
そして、笑った。

「俺がお前の不利益になろうことをするものか」と。

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