02×闇に浮かぶシルエット

深い闇だ。
深い夜の闇があたりを覆う。
闇を纏うように夜の合間を縫って現れるのは、
今をときめく、怪盗皇子その人であった。

微かな物音すらさせずにひらりと、
孫呉邸へと舞い降りる。
その姿は、否、明かりがあればの話だ。
まるでその姿はしなやかな猫のような動きであり、
そして急いた様子さえ見せない優雅な動きであった。
さも其処が我が邸宅であるかのように歩みを始める
紳士姿の怪盗は、そこでぴたりと歩みを止めた。
そしてシルクハットを少し深く被り直してから、
にやり、と口端を歪めた。

「そこまでだ!」
四方からライトが照らされる。
その真ん中にあるのは、今宵盗むと予告した、
赤い満月の名に恥じぬ世界最大級のルビーであった。
怪盗皇子はその光から身を守るかのように
外套を紳士らしい所作で翳し、
ライトの先に居る人物に哂ってみせた。
「怪盗皇子!お前は包囲されている!」
三成の指示で、大勢の警官が怪盗皇子を取り囲んだ。
しかし怪盗皇子は己の優位は変わらないといわんばかりに
微動だにしない。
「お前も此処までだ!」
三成の興はいよいよ乗っているようで、
これでヤツを取り押さえられると、確信に満ちている。
150人態勢で挑んでいるのだ、これで取り押さえられぬ筈は無い、
しかし、それこそが三成の、警察の過信であったのだ。
「さて、どうかな?」
怪盗皇子はにやりと哂い、何かを投げた。
瞬間、四方のライトが遮断される。
「な、、に、、、!?」
ざわ、とあたりがざわめく。
三成はあらん限りの聲を張り上げ、
「取り押さえろ!急げ!」
次のライトが点くまでに間に合わない、と
暗闇の中必死に奴の行方を捜すが、
その手は空を掴むばかりであった。
その横を怪盗皇子が悠然と笑みを浮かべ通りすぎたことに
三成は気付かない。騒然とするあたりに冷笑すら浮かべて
件の怪盗は赤き宝をその手に抱いた。

次にライトが照らされた時、現場に居た全員が目撃する。
真っ黒な外套に、シルクハット、品の良いタキシード、
風に揺れる片眼鏡、この世で最も美しいと称される
希代の怪盗、その姿を。
闇夜に浮かぶ、そのシルエットは優雅に身を翻した。

「御機嫌よう、石田三成警部輔、そして警察署諸君」

あ、と思った時にはもうその姿は無い。
振り返れば、赤い満月も疾うに失せていた。
「追え!逃がすな!!」
罵声に近い怒号が辺りに響くが、
その夜も怪盗に触れたものは誰もいない、
華麗にして、一瞬の犯行!まるで魔法使いのように
主役は舞台から失せた。

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