03×捕まえられるものなら

三成は非常に苛ついていた。
勿論、自分の度重なる失態だ。
刑事局長の息子として三成は学生ながらに
多くの犯罪を検挙してきた。
しかし、怪盗皇子その人だけは、まるで三成の手を
すり抜けるようにいつも、
いつもその身に触れることすら出来ずに逃げていく。
影をちらつかせるだけちらつかせて、逃げる女のように、
性質の悪い蠱惑の笑みを浮かべて、悠然と逃げていく。
「クソッ・・・!」

云わずもがな、三成は学生だ。
学生の本分はあくまで学生であって、
当然学校に通うのが仕事である。
今日は警察への報告書も作成し雑務も終え、残りは左近にまかせて
久しぶりの登校であった。
学業の成績は優秀であったが、どうにも休みがちなので、
出席日数を気にせねばならない身だった。
教室に入れば、久しぶりの級友達が次々に聲をかけてくるが
その話題の殆ど全てが、昨夜の怪盗皇子の話題であった。
半ばうんざりしながらおざなりに答えていると、
鐘が鳴った。久しぶりに聴く鐘の音に三成は
ひとりごちる。
( 忌々しい・・・ )
( 怪盗皇子め・・・ )
今迄検挙できなかった、ただ一人の怪盗、
その一人のことで三成の優秀な頭脳は占められている。
ぼんやり外を眺めながら、思考に耽っていると、
ややきつめの聲で呼ばれた。

「石田三成、聴いているか」
がたん、と慌てて三成が立ちあがる。
どうやら教師から呼ばれていたらしい。
慌てて教科書に目を移すが時すでに遅かった。
社会の教師は呆れたように眼鏡を指で持ち上げ、
重々しい口を開いた。
「石田、後で残れ」
その言葉に周囲のくすくすと笑う忍び笑いに
内心憤りを感じながらも、はい、と頷いて席に座った。

「センセの呼び出しだって?」
同級生が終了のチャイムの後に笑いながら寄ってくる。
「ぼおっとしてるからだよ」
「煩い」
「どうせ、怪盗皇子だろ」
「無論だ」
「しっかし難儀だなー!あの先生、結構課題出すので有名だぜ」
教師の良し悪しや性格がわかるほど三成は学校に顔を出していないので
厄介だ。しかし、警察の仕事は言い訳にはなるまい、
三成は溜息を吐き、社会科準備室へと向かった。

「二年、石田入ります」
ガラ、と準備室の扉を開ければ資料の書物の埃っぽい独特の臭いが漂ってくる。
「ああ、早いな」
社会の教師は名前は確か、曹丕と云ったか、
地味な教師であった。
特に何か取り立てて噂があるわけでも無いし、
多少厳しいと云われるが、厳しすぎるというほどでも無いし、
酷く優秀なわけでも無い、容姿に何かしら目立つところも無く、
記憶に残ると云えば、厚めの黒縁眼鏡と一つに結わわれた長い髪くらいで、
噂によると実家は相当な資産家であるというような話も
聴くが、派手な服装でも無く、まるでお金の匂いすらしない、
つまりはぱっとしない教師であった。
「出席日数が足りていないな」
名簿をチェックしている教師が、そう云えば自分のクラスの
副担任であったことを思い出す。
形式通り、すみませんと口にするが、この教師はそんなものは
意に介さない性質であるらしかった。
三成の出席状況を一通りチェックしてから、
課題であろう冊子を本の山から取り出した。
「警察業も結構だが、学生なら学生の本分を全うし給え」
その内容に関するレポートを来週までに原稿用紙二十枚分提出しなさい、と
案の定少し厳しい内容で課題を出された。
そうすれば、出席日数は考慮するというお墨付きを頂いて、
それで済むのなら易いもの、と三成は頭を下げて準備室を出た。

がら、と扉が閉まるのを見届けてから曹丕は眼鏡を外す、
眼鏡の端を指で玩びながら、にやりと笑った。

「学生なら学生らしく過ごし給えよ、石田三成警部輔」

捕まえられるものなら、私を捕まえてみるがいい、と
哂った男に三成は気付くことなく準備室を後にした。

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