04×手品か魔法か

その日は別件の聞き込みを終えて、
父の仕事の関係での挨拶にと社交倶楽部に顔を出していた。
多種多様な人間が集まる社交倶楽部の中で
皆それぞれ、カードやビリヤードなど思い思いの
遊戯に興じている。
三成は形式通り、一通りの挨拶を済ませ、
珈琲を所望しようと空いているテーブルに付いたところで
その存在に気がついた。

「曹先生・・・」
見れば社会科の教師の曹丕だ。
地味な背広に長い髪と厚い黒縁眼鏡、間違いない。
「先生」
聲をかければ曹丕が振り返った。
小さな聲で、ああ、君か、というような呟きが聴こえる。
「先生もこの倶楽部に?」
「ああ、たまのことだが」
この社交倶楽部は、主に学校教師連や、警察関係、市の議員関係も
顔を出す。この教師が此処に顔を出していても何ら不思議な点は
無かったし、寧ろ情報交換の場としては当たり前の嗜みである。
逆に云えば三成の方がこういった場所に立つにしてはまだ若いくらいだ。
「君は警察の」
曹丕が三成に問うので、三成は、ええそうです、と頷いた。
「父の関係で今日は此方に」
と云って、給仕のものから渡された珈琲をゆっくり啜った。
今迄の三成ならこの教師の存在に気付いたかすら怪しいが、
先日出されたレポートを提出して間もないとあって、
珍しくこの気難しそうな教師と話してみる気になった。
これ以上父の関係の人間を相手するには煩わしかったし、
その点、自分の学校の教師と会話しているのだと周りに主張すれば
父の地位に取り入ろうとする輩から声をかけられる心配も無い、
都合よくこの場所に教師が居たのだ、故にこれはただの気紛れであった。

「先生は何かされないんですか?」
皆何かしら遊戯に興じているのに、この教師は誰と話すでもなく
一人で居たらしい。少なくとも三成が聲をかけるまで、
誰かと話していた様子は無かった。
「噫、たまに気が向けば」
とおざなりの言葉を教師が返す。さしたる興味も無いようだった。
では誰かの付き合いで来ているのだろうか、と三成は勝手に結論付けた。
でなければこんなぱっとしない教師が社交倶楽部に顔を出すなど
考えにくい、恐らく同僚の教師などに誘われて来たはいいが、
結局さしてすることも無く、時間を潰していたというところか、
勝手な推測をあながち外れでも無いだろうと、三成は納得し、
壁を指さして、教師に云った。
「あれ、やりませんか?」
ダーツだ。
三成はこれにはちょっとした自信があった。
家でも時間がある時にはよくやっていたし、ことこれに関しては外したことは無い。
曹丕は興味なさそうにダーツの的を眺めたが、
では君から、と眼鏡を指で持ち上げた。
三成は余裕の仕草で、的に向かって矢を投げる。
矢は見事真ん中に命中し、三成は笑みを浮かべた。
「どうです?ちょっとしたものでしょう?」
「そうだな」
教師の目は眼鏡で見えない。
「得意なのか」
曹丕の言葉に三成は頷いた。
「ええ、このダーツの的のように、怪盗皇子を捕まえてみせますよ」
三成は、よっと、的の矢を抜き、もう一度投げた。
また真ん中だ。
「俺が必ず」
世間を騒がすあの怪盗を、と云ったところで、
三成の父から聲がかかった。
今行きます、と返事をして、曹丕に挨拶をする。
「すみません、父が呼んでいるので」
また学校で、と頭を下げて三成は曹丕の前から辞した。
曹丕はそれを片手をあげて見送ってから、
残っていた珈琲を飲み干した。
手には三成が残したダーツの矢だ。
曹丕はそれを興味なさそうに手の内で転がした後、
不意に投げた。

手品か、魔法か、
ダーツの矢は寸分違わず、三成の投げた矢の上に突き刺さった。
矢の上に矢が刺さっている状態だ。
まぐれなのか、果てまた常人では考えられない精度の技術を有しているのか
或いは本当に魔法を使ったのか、
その奇跡を目撃した人間は不幸にも周りにはおらず、
曹丕はにやりと哂いその場を後にした。
後に、矢が二連になっているのを目撃したものが驚いたというのは云う間でも無い。

「的を射ても私が捕まるとは限らないさ、石田三成警部輔」

その言葉は誰にも聴きとられることなく、雑踏に消えていった。

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