06×真夜中の追いかけっこ

「・・・痛っ」
三成がぼんやりする頭で辺りを見回す。
真っ暗だ、
灯りひとつ無い暗闇だった。
何が起こったのか身体を動かすが、打ったらしく、
ずき、とした痛みが肩に奔った。
「此処は・・・」
徐々に闇に眼が慣れてくる。
輪郭が見えるようになってきてから今度こそ身体を起こし
暗い辺りを見れば、どうやら空洞のようだった。
上を見ても、灯りは見えない。
「地下の・・・空洞か・・・?」
狭い穴から随分堕ちたのだろう、
上へは途中で曲がっているのか、到底登れそうな場所は見あたらなかった。

「起きたのか」
不意に聲がしたので、びく、として三成は振り返る。
この暗闇に馴染むように、ひっそりと壁に背を凭れているらしい男・・・
「怪盗皇子!!」
そうだ、この怪盗を捕まえようとして落ちたのだ、当然
一緒に落ちたのだと考えるのが自然だ。
三成は怪盗皇子と二人してこの闇に落ちたのだ。
「貴様!」
こうなったのは貴様の所為だと文句を言ってやろうとずかずかと
歩もうとするが思ったより酷く打ったらしい身体が
悲鳴をあげた。
「あっ・・・痛・・・っ」
思わず腕で肩を抑えて、歩みを止めた。
打撲でもしているのかじくじくと痛んでいる、
動けないままでいると肩に誰かの手が触れた。
「打ったか」
怪盗皇子である。
そのまま座れと云われて、文句を云う暇も与えられず座らされた。
「無様だと哂うがいい、お前を偽の予告状で捕えようとしてこれだ・・・」
三成は自嘲気味に吐き捨てた。
怪盗は何も云わず、何か布を割いているようだった。
「気休めにもならぬかもしれぬが、」
痛まぬようにとあたりにあった適当な木片を捲いて、
それを布で肩に固定した。
「腫れているようだが、骨までは響いていないだろう」
指で熱を持ち腫れた肩に触れ、怪盗が云う。
「怪盗風情が・・・よく云う」
三成の厭味を意に介した様子も無く、
怪盗は闇で見えないが、恐らく哂ったようだった。
「お前は何とも無いのか」
三成が沈黙に耐えきれず問えば、怪盗は、大事無いと答えた。
「お前達よりは余程身軽に出来ている」
三成は優雅なそぶりでおどけて見せる怪盗に
そうであろうな、と返事を返した。
実際の所は意識を失い落下し続ける三成を地底まで
数メートルという寸でのところで怪盗皇子が手を伸ばし、
落ちた瞬間投げ損ねたロープをぎりぎり出ていた鉄柵に引っかけて、
衝撃を緩和していたので互いにこの程度で済んだのだったが、
それを三成が知る由も無かった。
不意に三成は眼の前の怪盗の姿をよく目を凝らして見てみた。
上手くいけば素顔が見れるかも知れないという淡い期待もあったが、
流石に顔は見えそうに無い。
しかし、ほっそりした身体つきと、
常に闇の中、黒装束とあって気付かなかったが
どうやら髪が長いらしいということは分かった。
先程からさらさらと零れ落ちるようにその髪が揺れているのが判る。
ふと怪盗皇子の中で唯一白い、手袋の部分に目が入った。
白い手袋、つまり己の手を時折ひっくり返すかのように動かしている。
「お前・・・」
もしやと思い、身体を掴んで引き寄せ、手を掴めば
痛むのか、怪盗の堪える聲が漏れた。
「手首か・・・」
地面に落ちる直前に、三成の身体を支えての無理な着地だった、
右手首はさほど酷く無いものの恐らく腫れている。
そして三成は答えに至った。
「よもやお前、俺を助けたのか」
「知らぬよ」
即答された答えに三成はますます確信した。
この男は三成を助ける為に右手を犠牲にしたのだ。
咄嗟のことだったのだろう、
天井は随分高い、その上どれほどの勢いで滑り落ちたのか、
ぷらぷらと三成の数メートル上で揺れているロープが、
三成達の命を救ったと云っても良かった。
「・・・クソ・・・ッ」
三成はどうしようも無い気持ちに駆られた。
これでは、
これでは三成達警察が失態を重ねた上に、
怪盗に助けられ、今惨めにこの暗闇で身動き出来ぬなど・・・
居た堪れない気持ちになり、三成は、もういい、と呟いた。
「此処は恐らく、戦前に作られた地下鉄跡だ・・・」
壁伝いに行けば、何処かに出られるだろう、と三成は追加する。
「直に救助が来る」
先程から、かたかた、と何事か音がする、恐らく警察の者だ、
遠い聲で三成を呼ぶ聲がする。あれは左近だろう。
「いいのか?」
折角のチャンスを、という怪盗に三成は、いいから行け、と
急くように返した。
「このような形は不本意だ、お前を捕まえても意味が無い、
それに怪盗に助けられたとあっては俺も居心地が悪い」
だから、行け、と三成は云った。
「次は必ず正々堂々とお前を捕まえて見せる」
「ほう」
興味なさげに三成の言葉を聴き流していた怪盗が
初めて面白そうに声色を変えた。
三成は怪盗の様子に挑戦的な笑みを浮かべ、
その痛む手とは逆の手を引き寄せた。
強い力で掴んだのかぐらり、と怪盗の顔が近づく、
そのまま、思いのまま、半ば勢いに乗った形で三成は
掠めるように怪盗に口付けた。
暗闇ではよくわからないが、恐らく整っているだろう顔に
手を寄せ、口付けた。
一拍の後に三成は言葉を続ける。

「だが、俺以外には捕まるな、
お前を捕まえるのは、他の誰でも無く俺なのだからな」

三成の言葉に怪盗はうっすら笑みを浮かべて、
そして闇に消えて行く。
「心得た」
言葉一つを残して、怪盗は深い闇へ消えた。

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