驚きの出遭いから数日後の夕方
曹丕からメールが来た。
内容は今日これからで良ければ時間が
あるので、本を渡したいというものだ。
しかし今日は不味かった。
三成とて夏休み丸々遊んでいるわけでは無い、
社会勉強と小遣い稼ぎで割りのいいバイトを
左近に回して貰っていた。
止む無く『re:今日はバイトがあるので無理だが
明日昼過ぎなら構わない』と簡潔に返信した。
メールの返信は無かったが、とりあえず明日時間と場所を
相談すればいいことである。
三成は少し勿体無いことをしたと、
僅かに惜しみながらバイトの用意をした。

三成の社会勉強とは夜の仕事である。
曲がりなりにも稼業である。
その手の仕事には事欠かない。
しかし以前息のかかったキャバクラの店員として
バイトした時には(丁度春休みのことだった)
店の女の子全員と関係を持った(正確には持たされたのだ、
喰われたのである、しかし此処は男の沽券に係わるので
喰ったと云わせて貰いたい)のがバレて、左近に大目玉を食らい、
夏休みのバイトの話をすれば、『ならば男なら間違いは無いだろう』
とこうして左近管轄の直営のホストクラブへと放り込まれる
羽目になった。雇われ臨時店長という名の雑用係りである。
故に三成は週に三日ほどこうして夜、店へと駆り出されるのであった。
未成年云々はこの際無視して貰いたい。

いらっしゃいませーと適当に聲を上げて、
客の入りを確認する。
流石に三成へのノルマは無いがホスト業界というのも
中々大変である。特にこの組直営の店では
ホストの半分は借金持ちである。
それに世の因果と無常を感じつつ、
今日は何時に上がれるだろうとそんなことを想いながら
三成も接客に従事する。
いらっしゃいませ、と新しい客の聲に三成も顔を
上げながらいらっしゃいませーと口にしようとした。
「いらっしゃいま・・・!!」
その瞬間三成が凍ったのは云うまでも無い。

心境を云うならもうダリの世界である。
無茶苦茶である、有り得ないのである。
だって其処に居たのは曹丕そのひとであったからだ。
「冷やかしに来た」
少し笑みを浮かべながら立つ男は高校生をは思えないほどの
貫録と美貌がある。
呆気に取られていると曹丕の後ろから如何にもという感じの
美女が二人、成る程、客として来たらしい。
慣れた仕草で椅子に腰掛ける曹丕にどうしようと
立ち尽くす三成、その三成の首根っこを引っ掴み
左近が耳打ちをした。
( ちょっと、殿!これは一体! )
( 俺とて知らん!何故か来たのだ! )
( 相手は曹家の跡取りですよ!困ります! )

「だから俺は知らんと・・・!」
つい大声にして仕舞ったところで曹丕がにやりと笑った。
左近は眼を白黒させながらどうするのが最上か考えている。
しかしそんな左近に釘を刺すように曹丕が口を開いた。
「今日は客として来た、客で不服ならば学友とでも云えばいいか?」
そんな曹丕の言葉に左近は言葉に詰まる。


05:当店は未成年者のご入店は
お断りしております



と喉元まで出掛かった言葉をどうにか呑みこみ、
左近は云った。分別ある大人として云いきった。
「いらっしゃいませー」

入店が認められたところで曹丕は煙草を取り出す。
それに思わず条件反射で三成がライターを取り出して
火を点けそうになった。
( ・・・っ )
何をしているんだと己を叱咤したくなる。
相手は敵対組織の跡取りである。
否、仕事としては正しいのだが、どうにも抵抗がある。
曹丕はそれをわかっているのか、にや、と意地悪く笑い
「点けないのか?」
と三成を煽った。
一瞬悩んでから結局三成はその煙草に火を点ける。
どうにも遣り切れないので自分も煙草を取り出し火を点けた。

「で、どういうことなのだ?」
呆れ半分、驚き半分、三成が曹丕に問えば、
何、大したことでは無い、と言葉を返した。
「久しぶりに父に逢ったら小遣いを渡されたのでな、」
曹丕がちらりと見せた封筒は現金である。
ざっと2、300万くらいだろうか、
「大した使い道も無いし、ついでにお前にこれを渡そうかと思って」
先日の本である。
「明日だと云ったではないか・・・」
「暇だった、迷惑か?」
そんな曹丕を責めるわけにもいかず三成は本を受け取り、
曹丕の名で貸出されたそれは必ず期限内に返すと
とりあえずの約束をした。
それに満足したのか、曹丕は隣に座った女に
(これでは誰がホストなのかわからない)
何事か囁くと彼女達は歓声を上げ、
「ドンペリ、ピンク追加ー!」と叫んだ。
後は云わずもがな、どんちゃん騒ぎになり、
帰り際にやや青褪めた左近と三成の前に
封筒に入った現金を丸々そのままぽん、と置いて行き、
皇子様はお帰りになった。

「では明日」
「明日?」
本は受け取ったのだから、会う必要は無い筈だ。
しかし曹丕は意味深に笑みを浮かべ、ドアを出る。
「先程メールに送っただろう?」
慌てて三成は携帯を確認した。
画面を見れば新着メールが一件。


『 re2: 
 では明日3時に図書館で 』


とりあえず高校生の遊びじゃない。
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