曹丕という男が遅刻をするというのは
考えにくかった。
しかし、現実にその日曹丕は約束の時間から
やや遅れて図書館に来た。

「すまない、遅れた」
「いや、構わない」
どうせ、図書館である。
いくらでも時間は潰せる。
煙草が吸いたくて本を手に人影ひとつ無い
図書館の前のベンチに座っていたところだった。
曹丕を見れば随分急いでいたのか
(とにかくこの曹丕という男、身形には
拘りがあるのかきちんとしていた)
シャツにジーンズというラフな格好であった。
意外なので思わず問うて仕舞う。
「何かあったのか?」
昨日の今日である。
何かあったのかもしれないと三成が問えば
曹丕は何でも無いと言葉を返した。

何も無いわけが無いのだ。
三成があれから何故かこってり左近に絞られたように
曹丕も目付役の司馬懿に昨夜の件をどやされていた。
無断で留守にしたばかりか、私用で使ったにせよ余所の
組に対価とはいえ現金を流したのだ。
その件で揉めたに違いない。
それを察した三成は、居た堪れなくなり、
曹丕に済まなかったと告げた。
曹丕は緩く首を振り、そっと呟く。
「何故謝る、私が行きたくて行ったのだ」
困ったように呟かれる言葉に
じわりと三成の胸が熱くなる。
さらさらと流れる曹丕の横髪が
夏の生温い風に揺らされた。

思えば随分綺麗な男だ。
曹丕という人間を知ったその日から
ずっとそう思っている。
些細な縄張り争いから組同士の関係は
悪化していて、こうして曹丕と出遭っているのが
奇跡のような縁である。
しかし三成はこの綺麗な男が、
否、赦されるならもう友人と呼んでもいいだろうか、
曹丕という友人に対してどうしようも無く
心が揺さ振られた。
惹き寄せられるままに曹丕に鼻先を近付ける。
そのままそっと口付ければ微かに煙草と
何かの香水だろうか、花の香がした。

曹丕は一瞬目を見開いたが、
三成はそれに気付かない。
次の瞬間にはいつもの冷静な表情で、口を開いた。
「今のは・・・?」
問われた三成はおおいに動揺していた。
特に何かあるというわけでは無い。
惹かれるままに口付けた。
まさか蝶が花に惹かれるように、とは云えまい、
咄嗟に口から出まかせを云って仕舞う。
「別に何でも無い・・・、友愛の証と云うやつだ!」
云われた曹丕はゆっくりとその薄い色の瞳を
楽しそうに揺らし、ただ一言、
「ほう」
と挑発するように三成に返した。


06:その顔に見惚れたなど

云える筈も無い。
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