翌日のことだった。
三成は仕事として、夜の街を徘徊する。
こういった仕事に対して多少思うところはあるが、
まあ、所詮生まれつきという奴だ、
また自分にはこういった組の仕事が向いているとも思う。
シマのバカラ屋に顔を出せば、
直ぐに舎弟の左近が寄って来た。
「殿、」
暗い室内は酒とカードが飛び交う場所だ。
此処には人生の成功と破滅の二択しか存在していない。
「あちらに」
左近がさしたのは左奥のテーブルだ。
男が一人座っている。
「何だ?」
左近がそっと、耳打ちした。
「先程から異常に勝ってます」
元値を五万からスタートして既に、今五百万の勝負をしているのだと云う。
厄介な客だ。運がいいのか、神の眼を持っているのか、
イカサマか、どちらにしてもそういった客には目をつけこれ以上損失を
出さないうちにお帰り頂くのが礼になっている。
倍々ゲームなのだから次に勝てば大台に乗る。
「よし、俺が見てこよう」
これ以上勝たれるようなら、お断りせねばなるまい。
一般人ならあくまで穏便に、他所の代打なら好戦的にお帰り頂くのが常だ。
こちらとて善意で営業しているわけでは無い。
ましてバカラ屋自体摘発されれば終わりなのだ。
危ない橋を渡っているのはどちらも同じである。
おい、と聲をかけようとして、気が付いた。

「お前・・・!」
昨日のあの男だ。確か子桓と名乗った男である。
子桓と名乗った男は振り返り三成に気付いた様子だ。
「ああ、昨日の!借りた金銭を返そうと思ってな、
もう返せるぞ」
どうにも間延びした聲でその癖こういった場所に妙に馴染む
男は確かに三成が昨日金を貸した(しかも返して貰う気などハナから
期待していない)美男であった。
目の前に利子だ、と上乗せした札束を渡され三成は絶句する。
内心、多少の混乱もあってか、本音の叫びが胸の内で荒れまくる。
( 俺のシマ荒らしておいて云うのか・・・!こいつ! )
( つか、金はいいからその掛け金置いていけばよかろうが! )
恩を仇で返すとはこのことである。
子桓は全く気付いていないようすで、綺麗な顔に小首まで傾げて
受け取らないのか、と訊く始末だ。
三成はいよいよ居た堪れなくなって、子桓の腕を掴み引っ張った。
「ちょっと来い!」
「??」
どうした?みつなり?とまるっきりわかっていないどうやら天然らしい
美男子をこうなってくるともうどうしていいのか三成にも
わからない、左近が奥の部屋に子桓を引っぱってどうしたものか、と
頭を抱える三成に「お友達ですかい?」と呑気に訊いてくる様さえ
忌々しい。いっそ顔を引っ叩いてやろうかと思うが、
相手の顔を見ればなんだか勿体ない気もする。
仕方ないので左近の頬をぶってみた。
「理不尽ですぜ・・・」
しおしおとわざとらしく頬をさする左近も明らかに愉しげだ。
三成が混乱しているのを充分に察しているのだ。
うるさい、と聲をあらげて、差し出された煙草を加える。
左近は愉快そうに三成に火を差し出した。
一服してから、事態を飲み込めていないらしい子桓に振りかえる。

「お前、何処かの代打か?」
代打?矢張り子桓はわかっていない。
どうやら他所の組がらみでは無いらしい。
そもそも元手の金だって三成が与えたものだ。
代打である筈が無かった。
イカサマか、とさえ思うがどうにもこの男に限ってそんな気がしない。
真実博打打ちの気がするのだ。
どうみてもどこぞの金持ちの坊ちゃんと云う雰囲気の癖に、
妙にこの世界に馴染んでいる。
「強いな」
「ああ、それは勿論」
負けたことが無いからな、という子桓に三成は吃驚した。
「負け無しだと?」
「ああ、あらゆる賭け事をしたが負けを経験したことが無い」
なんだそれは、信じられん、と思うが、
まあ誇張にしても強いのは確かかもしれない。
何か不思議なものを感じて、三成が子桓に提案した。
「此処で働かんか?優遇する」
本当に強いなら飼っておいて損はあるまい、
三成は煙草を勧め、子桓も慣れた様子で煙草を受け取った。
「どうせ、行く宛ては無いし、構わないが・・・」
少し云い澱む。
「顔が出るところは困る」
矢張り訳有りだ。
もしかしたら何処ぞの子飼いで逃げてきたのやもしれぬ。
ほとぼりが冷めるまで顔は出さない方がいいのだろうか、
事情を聴いても子桓は口を割らなかった。
話す気は無いらしい。
「しかし出来ることはあると思うぞ」
にやりと哂った男に惹かれるままに三成は子桓を連れて帰ることにした。


02:マンションの
エントランスを抜けて

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